2016年12月24日土曜日

メリークリスマス

年の瀬ですね〜。

クリスマスといっても特にケーキを食べるくらいでしょうか?近年は、出かけるよりもお家でパーティーが多いらしいですね。
という私もお友達のお家でこれからパーティー&忘年会です(←笑どちらかというと忘年会メイン。)




先日、群馬のお友達のスポーツクラブへヨガをしに行って参りました。
高校の頃の同じクラスで部活やるもの同士、言葉にしないでも通ずる何かがある様な気がします。10何年振りの再会だったけれど、お互い変わってなかった〜!
見た目や、化粧もしてるし、(当時はもちろん体育会系だからする訳もなく)お互い結婚してて、向こうは子供もいて、環境も変わっているけれど、本質的なところは何も変わってなくて。
変わらず体操、技術に対して、誠実で純粋で、素直なまま。当時から真っ直ぐだったよね、お互い練習三昧だったね。



彼女は群馬で夫婦共にスポーツクラブの指導者として活動、活躍しており、私はヨガがスポーツをしている人、指導者、どのような立場の方々にも、根本のフィジカルやメンタル、心身の最適化、良い状態、メンテナンス、自然バランスの良い状態に向かう術が、ヨガにはあると感じています。なので、今回、ヨガに興味を持ってもらえてとても嬉しかったです。


特に学生の頃、何かを目指し、大きなものを背負う為には、体力的にも精神的にもそれを支える土台やベースになるものはとても大切であると思います。成果や成功、何かを得る事において、何かが代償にならないよう、自身を保てるヨガは良いかな、と思います。
私も青春時代はアスリートとして、精神面のモチベーションを維持するのは大変だったし、ケガや何度も故障、特に腰痛には苦労した経験があるから、身体のメンテナンス、予防も含めて、尚の事、今の若い世代、十代〜子供と大人の微妙な歳頃を迎えている人達にヨガを伝えたいな、と思います。




今回、主人も連れ添って、朝からドライブしながらプチ旅行気分♪( ´ー`)ノ
帰りはプレミアムアウトレットに寄って、商業施設に毛嫌いをしていた(笑)私達もその良さに驚きと感動して、とても良い買物が出来ました。
イルミネーションもきれいだったから、そこでもう年の瀬、クリスマスを満喫した感じです。
また行きたいな♪..


ヨガ風景。
やっぱり、流石、体操指導者ですから、素晴らしい体幹!本人は現役退いたからと謙遜していたけれど、全然そんな事ない!!!
とても素晴らしい体育館と設備が揃っていました。お休みにも関わらず、場所を使わせて頂き、オーナーである社長様、誠にありがとうございます。そしてご主人も来て下さり、お心遣いに感謝致します。



ヨガをやりたい、興味がある、身体動かしたい、体力つけたい、体をラクに軽くなりたい、自分を変えたい、前向きになりたい、元気になりたい、あたらしい事を始めたい、、、
何か今目指してるものがあってかなえたい、自分の力を最大限発揮したい、、、etc。
そんな方がいらっしゃれば都合つく限りは、どこでも行きます。
時間も場所も、そんないわゆる壁みたいにされてるものも関係無くて、只ただヨガしたい人にヨガをお伝えするだけ。シンプルです。
群馬へ行って、久しぶりの再会で、どんな事をお伝えすれば良いのか、何が一番良いのか、自然とその場で出て来ました。
それは今、この場所で、ヨガクラス、レッスンをやっていても同んなじ事。
どこへいっても自分の伝えたいヨガスタイルは変わりませんでした。
目の前にいる、その人のヨガをするだけ。
ああ、そうか。と、そんな事に気づけました。



群馬へ招いてくれた、S.I♡
本当にありがとう。感謝!
また一緒にヨガしようね♪♪



Merry X'mas!!✨
Many happy things for you.








2016年12月14日水曜日

破壊、創造

師走ですね。あっという間の一年でした。
今年は大きな変革の年で引越しをして、仕事も環境が変わり、お金や愛の価値観、人との向き合い方も変化しました。根っこから変わった感じ。
三年間分ぐらい丸ごとチェンジ。
ヨガで毎年毎年、変わり続けている自分を感じているけれど、今年は高速でした。
ヨガの種を蒔いて下さったユキ先生のアクセスバーズの影響もあるかな、と思います。


師走って人生の税金を払う時期ですよね。
一年間の厄払いで色々な事が起こります。。。毒出しです。
身体も浄化させようと好転反応といって一見悪いような事が表だって出る事があるけど、
それは良いことの準備であったり、悪い物を外に出して浄化し清くする為の反応、現象。
それが日常の中でも起こる。
良いことばっかりじゃないですよね、人生って。
主人はあごをケガして7針縫ったし、私はほとんど忘れてしまったけれど、めったにしない間違いとか忘れ物をして困る、だとか(?)普段からあるけど笑。いつもとちょっと違う事が起きて、あらら、みたいな。
電車が調度乗るタイミングでダイヤが乱れるとか、何でこのタイミングで起こるー?!という運命のいたずら達。
あ〜、人生の税金、毒出しかしら、と思います。



悪いようにみえる事象も人間の、自分が頭の中で作り出したもので、それを幸せとか不幸せの価値観、倫理を定めてしまっているけれど、世界は何も決めつけはしないし、破壊、創造を繰り返しています。
幼児体操をしている時は、子供たちの遊んでる姿を見ては、男の子は砂の山を壊したり、ブロックを積み上げてそれを壊すのを楽しみ、大喜びする。それを、女の子がやめて〜〜!!と、泣く。それでも男の子はキャッキャと、はしゃいでとても楽しそう。
大人がいるから、謝りなさい!!何で壊すの!と言う。誰かを傷付けたり、嫌な気持ちになっているのを気付かないのは困るけれど、それとは別に本能的に人間には壊す、という事をして、その先に新しいものを作り出す創造性が含まれているのを知っています。知らないとしても、あるのだろうと。
子供の頃は自然とそうであっても、大人になってゆくにつれて、人生は積み上げて重ねて作ってゆくものだ、と思ってしまうようになる。
生命は常に新しく身体の中でもうまれ続けていて、同時にそれは何かを壊し続けています。
全ての細胞がうまれてから、そのまま身体に維持され残り続けていたら、身体の中は沢山の細胞の死骸だらけ。


筋肉痛も筋繊維を壊しているし、新しい建造物もそこにあったものを壊して新たに作っているし、
新しい自分になりたければ、今までの自分を壊すしかありません。



20代の頃、まだヨガに出会う前の話だけれど、人生の迷いがあった時、ある本に出会い、教科書の様になった本がります。
自分の中に毒を持て。岡本太郎著でした。
そこにもそのような事が書かれていたのを思い出します。


人の人生を見たり聞いたり、想う時。
何かショックな事があって人生が暗闇の様に光が照らされていないように感じる時。
生きていく事さえ無目的に感じられた時。
その時こそ、生命は輝きたいと内に強く秘めるものを感じます。
その時、生命の根は力強く生える。
それは世界の目には見えない。隠れているから。
本人でさえも気付かないかもしれません。



私は、それを感じられるよう在りたい。
自分自身も、そして一人一人の生命の息吹も。
そんな事を考える。











2016年12月1日木曜日

大好きなおじいちゃん



おじちゃんが亡くなりました。
御歳94歳。大往生。
ずっとおじいちゃん子で子供の頃から、畑仕事を手伝ったり(手伝うと言っても小学生で鎌を洗ったり、おじいちゃんの作業を見てたりしただけ。)ゲートボールやったり、これも練習してるのを横で見てました。ゲートボールのステッキ?あれは何て言うのかしら?触らして貰ったりして結構難しいのですよね、ゲートボール。
思い出がいっぱい。
いつも笑顔で文句一つ言わず、優しく微笑んでるおじいちゃん。
話すのが大好きで近所に言っても人気者で皆んなと仲良くたのしくおしゃべりしていました。
盛り上げ上手で唄と踊りが得意。面白いのは、おひねりを貰ったり、温泉とか行くとファンがいるらしく??女性陣におひねりを頂いたら、またそのおひねりをその方が歌う時に返すのだそう(笑)
何か良いですよね♪


学生の頃、部活に専念している時はほとんど話しもせず、すれ違いで、特にそれで悲しいとか寂しいとか気にもしていなかったけれど、社会人になってからよく会話する様になりました。
孫の中でも心配な存在だったのか、色々な話をしてくれた様な気がします。
仕事はどう??あやちゃん、何でも3年〜、5年、10年はやらなきゃダメ。教わったら、後は自分で研究するの。←踊りのお稽古は半年間習っただけで、あとは自分でこうしたらいいか、こうだったらいいか、と研究したのだそう。昔はこんなに恵まれていなかったから、農家の仕事をしながら、もう一つ普通に仕事をして、掛け持ちでお母さん達、兄弟を育て上げました。
母方の父、祖父なのですが、母には直接苦労した、心配させたくなかった、という想いがあるのか、孫の私に当時のお金の苦労話も聞かせてくれました。誰だれの〜、○○に頭を下げにいってお金を借りた、とか夜は百円のラーメン一杯食べるのがやっとだったとか、大変だったとか、ね。たぶん娘(母達、兄弟)は知らないんじゃないかな。孫だから、話やすかったのかもしれない。




戦争の話を聞こうか、聞いてみたい想いとは裏腹に話さないと言うことは、話したくない、ということだから決して聞くことは一度もしませんでした。
けれど2〜3年前。ポツリと戦争の話をおじいちゃんがしました。わたしは、初めて聞いた、という思いと少しびっくりしたのか、ほんのポツリ、ポツリと話すぐらいであまり記憶がありません。おじいちゃんも思い出したくなかったから、あまり印象深く話そうと思わなかったから、なのかもしれません。
ただ一度きりでした。
今思えば、もうその時、何か感じていたのかもしれません。
その後、倒れます。
一度復活劇を迎え、一度は心に覚悟を決めたけれど、おじいちゃんは家へと帰り、不自由になった足で、何とも力強い目と意思で身体を動かすことを、生きることを最後まであきらめませんでした。
そんなおじいちゃんの姿は今でも忘れません。
生きる姿勢、志を見せて貰いました。




平和の象徴だったんだ、と亡くなってから気付きました。
おじいちゃんが私にとって、家族の中の平和の象徴の様な存在で、
いかに社会に出てから、人生での生き方、必要な事を私に残してくれていたかが分かりました。
その時はただ、只おじいちゃんが大好きで側に居たかっただけだけれど、残してくれた財産の様な言葉と想いが私の心の中に残っています。



まだ、見てくれているかな?
そっと微笑んでくれている様な気がします。
おじいちゃんの分も生きるよ。



合掌